OPTRONICS 2019年12月号 Vol.38 No.12 pp.148-151

(OPTRONICS編集部の許可を得て掲載)

EOS DO2019 参加報告

愛媛大学 市川 裕之

1 はじめに

 European Optical Society (EOS) の主催する Topical Meeting on Diffractive Optics 2019(9月16日 - 19日)に出席したのでその様子を報告する。

 この会議は1992年に当時チェコスロバキアの Prague で開催された Workshop on Digital Holography (*1) をきっかけとして、1995年から EOS の主催でおよそ2年に一度のペースで開催され今回が11回目である (*2) 。これまでの簡単な経緯は前回 (2017年) の会議報告 (*3) の冒頭を参照していただきたい。

 今回の開催地は Jena (Germany) である。ツァイス、アッベ、ショットらによる近代光学産業発祥の地で、世界中の光学関係者が一生に一度は訪れたい場所と言っても良いだろう(図1)。回折光学研究のいわば最盛期、1997年に J. Turunen (Univ. Eastern Finland) が Joensuu (Finland) で、1999年に F. Wyrowski (Univ. Jena) が Jena (Germany) で、それぞれ中心になって開催されたが、20年の歳月を経て再びこの流れをたどることになった。

 なお、Jena は旧東独に位置し人口11万人程度であり、古い大学町とは言え大都市と比べると、ネット空間でも英語での公式な現地情報収集はほとんど不可能である。観光客にはあまり縁のない土地だが、市中心から直線距離にして2 km, 高低差 200 m の丘陵地に、ナポレオンがプロイセン軍を破った Jena-Auerstedt の戦いの古戦場がある(図2)。

*1:Proc. SPIE 1718. ただし、digital holography の用語はこの当時は計算機ホログラフィーを主に意図して用いられていた。
*2: O plus E, Vol.21, No.11, p.1382 (1999); Vol.23, No.12, p.1435 (2001); Vol.25, No.12, p.1374 (2003); Vol.27, No.11, p.1295 (2005); および Optronics, Vol.27, No.2, p.142 (2008); Vol.29, No.5, p.121 (2010); Vol.31, No.5, p.135 (2012) 参照。
*3:Optronics, Vol.36, No.11, p.162 (2017)。

2 会議の環境

 会場は Jena 中心部から3 km程度南に位置し理系の研究機関が集まる Beutenberg Campus 内の Abbe Center of Photonics(図3)である。市中心部とキャンパスは乗車時間10分程度のバスで結ばれており、交通の便は良い。20年前の会議の際は中心部の大学校舎が会場だったのだが、今回は別の大きな国際会議と重なったとかで、学会推薦のホテルも会場よりさらに遠い場所であった。そのため、中心部に近いホテルを自分で探した参加者も少なからずいたようだ。

3 会議の概要

 前回の会議は実質3日間だったので、事前に主催者に探りを入れたところ、今年は “丸4日間の開催をする” と言い切った。ドイツと言うこともあり講演数が相当増えるのではとも思ったのだが、(近年、どこの講演会でも良く見られるように)投稿締め切りが5月末から6月末へと1か月も延長になった。はたしてプログラムが公開になってみると、全講演数は前回 (54件) と同程度の57件に留まっており少々がっかりしたのが正直な気持ちである。

 恒例となっている講演会前夜のレセプションは中心部に近く文化的行事に貸し出される Villa Rosenthal で開催された(図4)。建物の外観・内装は素敵だったが、参加者は思ったほど多くなく空きスペースが目立った感があり、翌日からの講演会がちょっと心配になった。実は、講演会の最大スポンサーである LightTrans 社の入る建物が近くにあり大半の参加者はそのそばを通って来たはずなのだが、何人がそれに気付いただろうか。なお、LightTrans 社は会議用メモパッド、ボールペンの他、地元 Thüringen 州の有名陶磁器ブランド Kahla のマグカップを記念品として参加者に配るだけでなく、若いマーケティング社員3名が受付・運営に従事していた。会期中、ほとんどの参加者がロゴ入りのペンと用紙でメモをとっていたので、宣伝効果は相当なものだろう。

 口頭発表の構成は従来通り招待講演 (質疑込30分) と3つの一般講演(同20分) からなるセッションを午前午後に各2つが基本である。ポスターは最初の3日間貼りっぱなしで、休憩時間にいつでも議論ができるようになっており、コーヒーブレークの際はいつも混雑していた。基調講演が1件、招待講演が8件 (*4) あったので、一般発表件数は48件と過去最少だった前回(47件)とほぼ同じである。例によって、一般講演を筆頭著者の所属に従って分類した国別発表件数を表1に示す。口頭発表の分類は主催者によるものだが大きなくくりで、たとえば理論には設計関係も含まれている。一方、ポスターは公式な分類がなされていなかったため、筆者が判断した。

 国別ではいつもながら開催国(今回はドイツ)が一番多いのだが、地元の Friedlich Schiller University Jena で F. Wyrowski が率いるグループの発表が20件中11件と半数以上を占めている (*5) 。筆頭著者所属機関の9カ国と言う数字は過去最低である。一方、会議開会時に主催者からあった発表によると参加登録者は117名で前回の87名より増えている。実際、会場内はほぼ満席である程度の盛況感はあったように思う(図5)。内訳は51%がドイツ国内から、また産業界からの参加者は47.4%におよび発表件数に占める14%と比べるとかなり多い。なお、中国系参加者が非常に多かったのがこれまでにない現象である。出身の詳細は不明だが各国の機関に所属しており、一般講演の筆頭者の35%が中国系であるほか、質問者にも中国系参加者が目立った。英語のアクセントからそれら全員の母国語が中国語であることが分かる。

*4:基調講演は USA 1件 (AR), 招待講演は Finland 1件 (格子), France 2件 (理論、ナノ), Germany 4件 (理論2, 格子, 応用), Israel 1件 (応用) である。。
*5:11件とも著者は Univ. Jena と LightTrans 社の所属で、最後に “VirtualLab Fusionで計算した” の一言が必ず入っていた。

4 内容について

 今回初めて取り上げられたテーマが AR&VR (augmented reality, virtual reality) で、件数こそ少ないものの基調講演も含めすべて企業サイドからの発表であった。ヘッドマウントディスプレイへの回折光学の応用が強く意識されていると感じた。ただ、ある中国企業の講演では、“競合他社のように軍関係ではなく民生用をターゲットにしている” と主張しながら、応用例として警察官の使用を挙げていたので、少々面食らってしまった。

 表1から分かるように大半の発表は回折光学の基本部分に関するものである。それでも着実に応用展開が進んでいることは感じられるのだが、今回は会場から感嘆の声が上がるような講演は見られなかったと言って良いのではないか。筆者の関心からしいて言えば、最終日にあった S. Gharbi Ghebjagh (Tech. Univ. Ilmenau, Germany) による Multifocal complex-value phase zone plate for 3D focusing と題する講演だろうか。5×5×5の3次元ビームアレーを実験で実現していた。なお、Best student paper 賞が Resonant grating demonstration in the inner of a cylinder を発表した E. Koussi (Univ. Lyon, France) に与えられた。

5 気づいたなど

 世代交代が進み若い参加者が増えた反面、オリジナル論文ではなくそれより10年以上後の別のものを重要文献として挙げる、と言ったことが招待講演者も含めて幾つかあり、別の講演者が自分の発表の中で “昨日の〇〇の文献引用は非常に不適切である” と厳しい口調で指摘する場面も見られた。一方、学生の発表者が冒頭で1991年のある論文を重要資料として挙げ “筆頭著者の〇〇は参加しているはずなのに姿が見えない” と言いながら、会場にいる第3著者である筆者に言及しなかったことを指導教員がけしからぬことと憤慨して、後刻、彼女を筆者の前まで引っ張って来て挨拶をさせる、と言った出来事もあった。筆者としてはどうでも良いのだが、教育プロセスの一環と言うことなのだろう。

 今回、特に目立ったのは講演スライドの写真撮影である。日本(の光学・応用物理分野)では厳禁なのだが、欧州ではかなり考え方が異なっており撮影してもまず怒られない (*6) 。ただ、行儀の悪い少数者と言う話ではなく、スマホ撮影者に前後左右を取り囲まれた参加者も多かった。以前の一眼レフのような大きなシャッター音こそないが、会場内で数10人が絶えずシャッターを切っていればかなりの騒音である。 すべてのスライドを撮影している者も多かった。特に、AR&VR のセッションでは甚だしかったように記憶している。高名な先生や中高年の研究者も時にはこれに加わっているため、単なる若気の至りとは言えない現象だろう。それでも、勘弁してほしかった (*7) 。なお、今回、初めての試みとして、配布に同意した発表者が講演で使用したスライドの pdf ファイルが後日、参加者に送られてきた。その数、招待講演を含み53%である。一生懸命に撮影した参加者はどう思っただろうか。

 今回のもう一つの大きな問題は、講演時間超過である。日本のようにきっちりした講演時間の指定はないのだが、一般講演では質疑応答込みで20分が明確な決まりである。ところが、30分以上話し続ける発表者が結構いたのである。学生も含めてそれらの発表者の大半は準備不足と言うよりも、一件当たりの講演時間に制限があることをまったく意識していないのではないかと疑わざるを得ないレベルだった (*8) 。単一セッションなので、影響は限定的だが、それでも計90分のセッションが20〜30分も遅れると困ることが多い。もっともひどい例は、今回、初参加したある研究者で、経験をつんだ管理者的な立場のはずだが、ものすごい速さで35分間しゃべり続けて使用したスライドは160枚に及んだ。質疑の際にその点を皮肉られると、悪びれることなく “私の研究では画像が大切である。だから全部見せる必要がある” と平然と言ってのけたものである。こう言った光景に出くわすと、海外では日本の常識や国際社会の標準と言ったものがまったく通用しない場面が実際にあることを、あらためて認識した次第である。

*6:ご関心があれば Optronics, Vol.29, No.5, p.121 (2010) を参照していただきたい。
*7:そんな音で気が散るのは講演に集中していない証拠だと、お叱りを受けるだろうか。
*8:EOS の会議ではセッション内の進行の全権は座長ただ一人に委ねられ誰も介入しないので、座長が行動しなければいつまでも終わらない。

6 おわりに

 2000年代前半の会議では応用研究が一気に花を開いた。しかし、近年は基本的な内容の発表が多い。回折光学は光学の多くの分野にその応用を広げていることは確かな事実である。ある意味であまりに一般的に使用されていることで、回折光学を単なる道具として使っている応用研究はもはやこの会議での発表対象ではないという気もする。要するに、学問分野としては成熟したということだろう。参加者の新陳代謝は進み、優秀な若手もどんどん表れていることは見ていて良く分かる。しかし、“回折光学研究” を引っ張って行けそうな人材となるとどうだろうか。実は、今回のプログラム委員や招待講演者のリストを見たとき、“まだこんな名前がこんなに出てくるのか” と筆者は思ってしまった。

 会議閉会時、この研究コミュニティーを今後も維持したいとの会場の雰囲気は感じられた。たとえば2年後に次の会議が開かれる可能性は低くないと思う。ただそのためには、これを引き継ぐ人間が必要であり、現時点ではその候補者は見えていない。少なくとも、F. Wyrowski や J. Turunen がその任にあたることはもうないと筆者はみている。議論は厳しいがどこか緩くて自由な部分があるインフォーマルな雰囲気は日本の会議では味わえないのでいつも楽しく参加している。なんとか続いてくれれば良いのだが。


以上
(表1,図1〜5:省略)