OPTRONICS 2012年5月号 Vol.31 No.5 pp.135-137

(OPTRONICS編集部の許可を得て掲載)

EOS DO2012 参加報告

愛媛大学 市川 裕之

1 はじめに

 European Optical Society (EOS (*1) ) の主催する Topical Meeting on Diffractive Optics 2012 (*2) (2月27日 -- 3月1日)に出席したのでその様子を報告する。

 92年および95年にPragueで開催された会議に端を発し、97年Savonlinna, 99年Jena, 01年Budapest, 03年Oxford, 05年Warsaw, 07年Barcelona, 10年Koli (*2) に続きEOSが関与をはじめて8回目となる。開催地はオランダで最も古い都市の一つ、デルフトである。ここはアムステルダムの南西に位置し、スキポール空港から乗り換えを含めて鉄道で1時間程度の人口10万人弱という比較的小さな都市で、オランダらしく町中に運河が張り巡らされている。観光の点からデルフトを象徴するのはオランダ王室、画家フェルメール、白地に青の絵柄で知られるデルフト焼であろうか。名だたる自転車王国のオランダで、住宅地などでは車道と自転車道が同じ幅で、歩道は道の端の狭い部分だけのうえに、歩道にだけは丁寧に石畳が敷かれているため、スーツケースを転がすのは至難の業で、駅からホテルにたどり着くまで大変であった。今年の1月下旬はヨーロッパでは広範囲に厳しい寒波に見舞われて多数の死者も出ておりかなり心配していたのだが、会期中の気温は5〜13℃程度と同時期の松山よりも暖かでほっとした。

*1:略称は“イオス”ではなく“イーオーエス”である。
*2:O plus E, Vol.21, No.11, p.1382 (1999), Vol.23, No.12, p.1435 (2001), Vol.25, No.12, p.1374 (2003), Vol.27, No.11, p.1295 (2005), および Optronics, Vol.27, No.2, p.142 (2008), Vol.29, No.5, p.121 (2010) 参照。

2 会議の概要

 会場となったのは中世の町並みが残る中心部から徒歩で15分程度に位置するデルフト工科大学 (Delft University of Technology) の会議場 (Conference Centre) である(図1)。この建物の1階が受付、2階でコーヒーブレーク(図2)やポスターセッション(図3)、3階で講演会を行った。天井の高い巨大な建物だが会期中の水平移動距離はほとんどない。講演会場は図4のように、海外に多い机のない椅子だけのもので、140席用意されていた。

 今回の基調講演はMartin Wegener (Karlsruhe Institute of Technology, Germany) によるレーザーリソグラフィーによる3次元フォトニックメタマテリアルに関するものである。また、半日あたり1件の招待講演は、非等方性媒質中の波動伝搬の理論 (Norway)、顕微鏡 (The Netherland)、完全ブレーズド格子 (Germany)、液晶によるメタマテリアル素子 (Italy)、共鳴モードフィルター (USA)、人工キラル構造 (Japan)、プラズモニックナノ粒子による量子ドット放出 (The Netherland) の計7件だった。

 一方、一般講演は予想以上の件数が集まり、口頭発表のプログラム編成に苦労したとのことである。例によって、筆頭著者の所属に従い、口頭49件、ポスター50件の一般講演の国別発表件数を表1に示す (*3) 。今回は主催者による内容の分類がなされていなかったため、筆者の判断で分類を行った。およその目安と考えていただきたい。応用も含めて、光学素子・システムや計測・評価に関するものが全講演の6割を占めているが。これは回折光学の本質を考えれば当然と言えよう。基調講演・招待講演を含めて、メタマテリアルなど、波長以下の微細構造を見る、使う、と言った講演が結構目立っていた。また、詳しく数えてはいないのだが、以前の会議に比べると金属を含む構造・素子に関するものがかなり増えているように感じた。初期の会議では“光学素子だから損失のない誘電体のみの構成を目指すのが当然”と言う姿勢であったが、10年以上を経て、少なくとも研究の方向は大きく変わりつつある。

 国別に見ると、地元オランダからの発表数がフィンランド、ドイツ、フランスの御三家を凌駕していた。所属機関別では相変わらず東フィンランド大学が最大勢力で唯一10件以上の発表を誇っている。この他、地元のデルフト工科大学やフランスのリヨン大学も多くの発表があり目立っていた。一方、参加者の一覧を見ると、招待講演者も含め22カ国から142名となっているが、その所属は80ヶ所に及んでおり、前回同様、限られた分野の講演会としては、非常に広範な人的広がりを保っていることが分かる。ただ、残念なことは、同じヨーロッパにありながら英国からの参加者が今回はいないと言う点である。この傾向は他のEOS主催の会議でもほぼ同様だそうで、政治同様、大陸とは距離を保ちたいのだろうか。繰り返しになるが、残念としか言うほかはない。

*3:口頭1件、ポスター7件のキャンセル分は除いている。

3 注目の内容

 今回の最も特筆すべき講演は、A.V. Tishchenko (University of Lyon, France) による新しい概念による2次元周期構造の高速な計算方法に関するものであろう。構造が大きく複雑になるほど、標準的なフーリエモード法を圧倒する計算時間で同等の精度の結果を得られるとのことである。講演直後に座長が “This is too good to ask question ….”と思わずもらすなど、レセプションや休憩時間にはこの話でもちきりであった。特に解析・設計に携わる者には大変な衝撃を与えたことは確かである。また、これとは別の方法でやはりフーリエモード法よりも高速に2次元格子の計算をする方法が提案され、発表者のB. Portier (ONERA, France) は優秀学生発表賞(口頭部門)を受賞した。さらにL. Li(清華大, 中国)からは、純金属(誘電率の実部が負、虚部が0)を含むある種の構造において、フーリエモード法を含むあらゆる電磁気学的計算法が使用できないことが示された。ひょっとすると今回の会議は、これまで様々な利点により標準的に利用されてきたフーリエモード法が、別の方法に置き換えられるきっかけとなる歴史的な転換点となる可能性もあると個人的には感じている。一方、実験・作製の面でも、平板状の素子ではなく、エンコーダーへの応用のため、直径8 mmの円筒面上に周期500 nmの回折格子を形成する発表 (University of Lyon, France) など面白いものがあった。なお、優秀学生発表賞(ポスター部門)は金ナノ粒子の計測に関する研究でN. Xu(清華大, 中国)に与えられた。

4 会議の雰囲気あれこれ

 Social eventとしては、3日目の夕方にデルフト焼の工場の見学があった。デルフト焼の売りである青色の絵付けには本来の手描きの他にシールなどを使用した転写など2種類の量産方法があるそうで、工場で実物を目の前に出されたが、参加者は誰も絵からその違いを見分けることは出来なかった。作製方法の違いは裏の表示に示されるそうである。回折光学とは対象とする構造の大きさは異なるが、多くの参加者は興味深そうに見入っていた。見学後に売店で“B級品50%OFF”と表示されている直径30 cmほどの皿を手にとったのだが、500ユーロの値札を見て思わず手が震えてしまった。

 今回は、缶詰型となった前回とは異なり、一応、都市型で参加者のホテルもバラバラだったのだが、多数の発表を消化するためかスケジュールが詰まっており、開始は毎朝8時半で、終了はレセプション等も含めると初日から20時、20時、22時半と長い一日で、コーヒーや昼食も会議場のすぐそばで供されたため、丸3日半の間、水平移動がほとんどない狭い範囲にとどまっていたと言っても過言ではない。確かに、会期の割にはかなり疲れたと言える。しかし、刺激的な発表が沢山あり、期待や想像を大きく超えたすばらしい会議だったと言う筆者の感想に旧知の参加者の多くが同意した。

 面白い話を一つ。前述のTishchenkoと話しているとき、持参の(普通の)Windowsノートパソコンを示して、“実はこれで数値計算をしている。大きなワークステーションに比べるとプロセッサーまでの距離が格段に短いから処理速度が速い。正しい理由は分からないが、現実に計算が速いのだ。”と言われた。本当だろうか。どなたかご存知ならば是非教えていただきたいものである。

5 おわりに

 閉会の場で、次回は2013年の同時期にポーランドのグダニスクで開催されることが発表された。実行委員長は日本の大学にいる筆者の立場に同情はしてくれているのだが、“秋など他の開催時期も検討したが、会議の競合のため、EOSからはこの時期にと要請された”とのことである。


以上
(表1,図1〜4:省略)