OPTRONICS 2008年2月号 Vol.27 No.2 pp.142-144

(OPTRONICS編集部の許可を得て掲載)

EOS DO2007 参加報告

愛媛大学 市川 裕之

 スペインのバルセロナ大学(図1)で,11月21−23日にかけて,European Optical Society (EOS) 主催の Topical Meeting on Diffractive Optics (DO2007) が開催されました。92年 Prague, 95年 Prague, 97年 Savonlinna, 99年 Jena, 01年 Budapest, 03年 Oxford, 05年 Warsaw (*1) に続く第8回です。 2年振りではあるのですが,実は06年の10月にフランスのパリで EOS Annual Meeting が初めて開催され,その中に Topical Meeting on Micro-Optics, Diffractive Optics and Optical MEMS のセッション (*2) があったため,実質的にはヨーロッパにおける過去1年のホットトピックスが中心と言えましょう。 前回までは F. Wyrowski(イエナ大学,ドイツ)と J. Turunen(ヨエンスウ大学,フィンランド)が実質的にすべてを仕切って来ましたが,過去2回あたりから両名共に情熱を失って来ていた事は誰の目にも明らかで,会議の存続が危ぶまれていました。その後,他の誰かがリーダーシップをとって継続することで話がまとまったようです。今回は J. Tervo(ヨエンスウ大学,フィンランド)が実行委員長となり,会議の準備から当日の運営まで EOS の職員が実務作業のかなりの部分を担当していました。

*1:O plus E, Vol.21, No.11, p.1382 (1999), Vol.23, No.12, p.1435 (2001), Vol.25, No.12, p.1374 (2003), および Vol.27, No.11, p.1295 (2005) 参照。
*2:筆者も参加していたのですが,報告する機会を逸しました。

 まず会場は,バルセロナの中心から地下鉄で五分程度の,いわゆる新市街に位置する大学地区にある Faculty of Physics(図1)の講義室です。建物のすぐ前は車道10車線とトラム複線と言うバルセロナ有数の大通りと言うことが信じられないほど静かで,むしろ休憩時間の学生の歓声・喚声の方が気になりました(図2)。 なお,会場から徒歩10分もかからないところに,有名な FC Barcelona の巨大なホームスタジアムがあります。トップレベルのフットボールクラブと大学が隣接すると言うのは,英国生活の経験のある筆者には想像を絶することで,会議中に試合がなくてほっとしました。

 さて,会議は K. Chałasińska-Macukow(ワルシャワ大学学長,ポーランド)による,回折光学の研究の歴史に関する基調講演から始まりました。表1に今回の会議の発表の内訳を示します。ポスターの分類については筆者が判断し,予稿集には掲載されていてもキャンセルされた発表は除外しています。実行委員会では 80 件程度の講演を予想していたのに対して 100 件の投稿が集まり,そのため恒例となっているいわゆる social events のための時間を確保することが出来なかったそうです。登録参加者総数は 125 名で座席数 182 の講義室は結構,混んでいたと言えます(図3)。また,昼食をとる場所も講義室から 50 m 程度の距離にある大学の食堂以外は近くになく,外を散歩するのも少々寒いため,結局,参加者はほぼ丸3日間,会場付近で過ごさざるを得ないことになりました。

 発表内容は表1からも分かるように,設計・作製に関するものも多かったですが,ポスターも含めると応用関連が圧倒的と言えそうです。特に気付いた点として,slanted lamellar gratings に関する発表が独立した複数の機関からあったことが挙げられます。通常,ラメラー格子と言うと,矩形状の表面凹凸を持つ格子を思い描きますが,その基板に対して垂直な壁を揃えて斜めに倒したような構造です。これは非対称な光学特性を持つため,インターコネクションなどで効率の良い光の配分を可能にすると言う長所があります。当然,作製や解析・設計は困難になるため,その解決を計る提案がなされたほか,作製例も示されました。なお,これに関連して,頻繁に使われる "lamellar" の定義についての議論も会場の内外でされていたようです。

 スペインは生理光学分野で世界をリードしている関係からか (*3) ,眼内レンズへの回折光学素子の応用に関する招待講演がありました,その中で,眼鏡では色収差の補正には格別,注意を払っていないとの説明が,眼鏡の世話になっていない筆者には新鮮でした。

*3:たとえば,Opt. Photo. News, {\bf 18}, (9) 22 (2007) 参照。

 作製の面では,@より微細な構造を,Aより速く,Bより大面積で作製すると言う3つ方向があるとの指摘がありました。最後の“大面積”とはディスプレーの大型化に関連した動きと言えるでしょう。なお,ナノ光学やメタマテリアルの影響でしょうか,表面プラズモンを意識した金属格子に関する発表が,前回までよりも増えた気がします。

 発表件数からすると,フィンランド,ドイツ,フランスが回折光学の中心を担っていると言って良いでしょう。フランスは,回折格子の電磁気学的解析の長い伝統があるからでしょうか,サブ波長や共鳴格子に関する分野に特に強い気がします。ポーランドの件数も目立ちました。意欲的な発表が多かったので,前回の会議を開催したことで研究が活発になったのではと解釈しています。

 運営面では,準備されたパソコンではなく持参したパソコンを使用する場合に(事前に確認したにもかかわらず)接続がうまく行かず時間を浪費するケースが目立ったほか,マイクが講演中に頻繁に不調になるなど,不手際が多く参加者から苦情が出ていました。また,この EOS DO シリーズの会議では珍しく,招待・一般講演共に半数以上の講演者が各30分・20分の割り当て時間目一杯しゃべり続けて,肝心の質疑応答の時間があまりなかったことも不評でした。こう言ったことで毎回半日当り30分程度のスケジュールの遅れが生じました。まあ,単一セッションなので,誰も迷惑しないと言ってしまえばそれまでなのですが。

 この他,場所と時間の関係からかポスターセッションは午前と午後の2回のコーヒーブレークを兼ねて行われました(図4)。この結果,合計時間は50分程度と短い上,ポスターよりも議論や談笑に向かう参加者も多く,不満の声も上がっていました。全発表の半分以上がポスターであっただけに残念です。また,1人で2〜3回の口頭発表をするベテラン参加者も複数いたため,“博士課程の学生に優先的に口頭発表の機会を与えるのがこの会議の伝統だろう”と実行委員長に問いかけてみたところ,“肝心の若い学生の多くがポスター希望で投稿している以上,口頭発表の無理強いは出来なかった”そうです。まあ,このように問題点もありましたが,服装も雰囲気もすべてがインフォーマルで気分は楽とは言え,回折光学の基本を良く理解している聴衆が多く,質疑応答の際に迂闊なことを言うと,座長の指名を待つことなく客席から声が飛ぶ緊張感は,日本の学会では味わえません。

 開催地のバルセロナは,スペインの中の自治州カタルーニャの州都です。したがって,スペイン語はもちろん通じるものの,地元の第一言語はカタルーニャ語で,場合によってはカタルーニャ語の表示しかないこともあり,少々困りました。さすがにオリンピックを開催した都市だからでしょうか,ヨーロッパの他の大都市に比べると市街地でもゴミが少なくきれいですし,地下鉄のホームでは次の列車の到着までの時間が秒単位で表示されているのには驚きました。一方,公共スペースでの喫煙者の多さにも,これまた驚きました。普通に市内を歩き回る限りでは治安も悪くなさそうでしたが,なんと会議の参加者が大学の食堂でノートパソコン入りのリュックサックを紛失したと言う話を後で聞きました。その場の雰囲気からはちょっと信じられません。

 これもこの会議では異例の出来事ですが,次回の会議の予告が早々となされました。場所はフィンランドのヨエンスウの北東約 70 km に位置する Koli と言う大自然の中のリゾート地ですが,時期は 2010 年の 2 月です。驚く参加者からは,“日照時間は?”,“気温は?”,“どうやってそんな所までたどり着く?”などの質問が飛びかっていました。日本の学校関係者にとっては一番大変な季節ですが,さて....。


以上
(表1,図1〜4:省略)