光学 Vol.40 No.1 p.1 (2011).

(応用物理学会の許可を得て掲載)

巻頭言 (特集:反射低減技術の進展)
反射の起源と防止技術,そしてその将来

市川 裕之(愛媛大学)

 反射はなぜ生じるのか.光は,その電磁波としての本質により,伝搬中に異なる媒質に遭遇すると,境界条件を満たす必要から,必ず反射波を生成する.

 最初の実際的な反射防止の工夫は,入射媒質と透過媒質の間に中間層を設けて,2つの境界からの反射波が干渉により打消し合うようにすることだった.すなわち,反射と反射で反射を消した.これを仮に干渉法と呼ぶ.さまざまな入射条件に適応するために,この中間層はより複雑な構造となっていく.これが,今日まで反射防止の主流であり続ける多層膜による反射防止である.

 やがて,微細構造作製技術の発展に伴い,サブ波長格子に基づく有効媒質の利用が始まった.人類は単独の材料では実現不可能な低屈折率を手に入れたといえる.さらに三角格子やピラミッド格子などを採用すれば,入射媒質と透過媒質の間の実効的な屈折率は連続的に変化することになり,反射の起源である境界を消滅できる可能性がある.これを仮に屈折率整合法とよぶ.実は,反射防止現象の発見には,この屈折率整合法が一枚かんでいたことは興味深い.

 原理だけを話せばすこぶる単純だが,現実の日常生活の中で信頼して使用できる反射防止を実現するには,おもに作製技術の面で,工夫やノウハウに支えられた大変な苦労があるはずである.今回の特集では,まさにこれから世の中で主流となっていくであろう反射防止技術の姿を垣間見ることができる.反射の原理を考えるともう手段は出尽くした気がしないでもないが,案外,私たちが未だ気づかない,無境界法とも呼ぶべき,別次元の方法がやがて現れるかもしれない.

 と,ここまで光学素子だけが頭に入った状態で書いてきた.私事で恐縮だが,昨年6月の,おもに文系1年生向け教養科目としての光学の講義で,反射防止の原理を説明し応用例を尋ねると,ある学生が「ショーウィンドー!」と答えた.「良いアイデアだね.でも,境界が見えなかったら危険じゃないの」と大人の訳知り顔で解説してその場を終えた.ところが,後になって,無反射のショーウィンドーとは,まさに子供の頃にSFドラマなどによく出てきた透明バリアーに他ならないと気づいた.この究極の反射防止は,メタマテリアルによる透明マントと同じくらい面白くて,それ以上に現実味があると思うのだが.


以上