光学 Vol.32 No.11 pp.676-677

(応用物理学会の許可を得て掲載)

ICO Topical Meeting on Polarization Optics 参加報告

市川 裕之(愛媛大学工学部)

 6月29日〈日)から7月3日〈木)にかけて,フィン ランドのカレリア地方の中心地 Joensuu(ヨエンスウ) 郊外の Polvijärvi(ポルヴィヤルヴィ)で開催された, ICO Topical Meeting on Polarization Optics に参加しま した.その名の通り,光の重要な基本的性質のひとつであ る偏光に関係する研究者を一堂に集めて議論しようとの試 みと理解しました.ただ,実際には,Topical Meeting と 称しながら,何でもありの様相も呈していました.招待お よび一般講演数は,それぞれ線形光学 7, 20, 非線形光 学 4, 8, 量子光学 2, 2 で,46件のポスターの9割近く は線形光学に関するものでした.残念ながら,量子光学の 関係者は,ほとんど参加してなかったようです.なお,招 待講演には,ほぼ例外なく年齢・実績ともに重鎮クラスを 配置していると感じました.

 一方,参加者は5大陸30ヶ国から140名近くに及んで います.日本からは 6 名が参加し,招待講演 1 件を含む 6 件の発表でした.

 なお,現地実行委員会として表でも裏でも走り回ってい た Joensuu からの参加者を差し引いてもフィンランド の参加者は16名と圧倒的に多かったです.このあたり, 人口比率を考慮すると,現在のフィンランドの光学界の異 常な盛況振りを垣間見ることが出来るのではないか,との コメントが ICO Bureau メンバーから出ていました.

 会議の開催場所は人里から遠く離れた森の中,湖の畔 と言う典型的なフィンランドの風景の中のリゾート施設 Huhmari(図1)の借り切りです.このような所に大学で もめったにないような立派な会議設備(図2)があること に多くの参加者は驚いていました.特に,傾斜が急なた め,どの席に着いても決して前の人間の頭が邪魔にならな い点が非常に良かったです.宿泊施設については平均4人 向けのバンガロー風の小屋を,家族同伴者以外は単独使用 という贅沢なものでした.遅れて申し込んだ参加者のた め,現地スタッフの泊まる部屋がなくなり,実行委員長ら 2名以外は自宅から毎日30分以上車をとばして通勤する はめになったとのことです.

 会議の冒頭は R. A. Ganeev (ウズベキスタン科学アカ デミー) によるガリレオ・ガリレイ賞の受賞記念講演,お よび E. Wolf (米国ロチェスター大学) によるヤングの干 渉の実験に関する基調講演です.Young がこのやがて歴 史に残ることになる研究を投稿した折,評価されず,どん なにひどく酷評されたかと言うことを,その多くの批評・ 批判文章をスクリーンに映して紹介した上で,会場にいる 若い研究者たちを激励していました.原稿を準備したしっ かりとした内容で,とても一ヵ月後には81歳になるとは 思えない元気な姿でした.

 招待講演では,量子力学の歴史に“ベリーの位相”(光 学, 20(6), p.346 参照)として名前を残す M. Berry 卿 (英国ブリストル大学)の講演などもあり,一般講演も合 わせて,全体的にレベルの高い内容の発表が多かったと感 じました.質疑応答でも,「もう時間がないから,後でコ ーヒーを飲みながら続きをやってくれ」と座長が制する場 面も頻繁に見られました.その一方で,線形光学と非線形 光学の研究者間では普段あまり顔を会わせる機会が少な く,互いの関心も多少ずれているためか,質問の少ない セッションもありました.

 この他,フィンランドの隣国と言えるエストニア,ラト ビア,リトアニアの3国が,昨年,ICO への加盟を認め られたことを記念して,Baltic Welcoming Session と称 した,各3国の光学界の現状を紹介する招待講演もありました.

 筆者個人について言えば,日常と離れた状態の中で,普 段,あまり接する機会のない内容の発表をじっくり見聞きし ているだけで,何か頭の中が活性化して来るような気分に さえなって来て,参加して良かったと思いました.

 参加者の 9 割以上は大学などの研究機関の所属で,近い 将来の応用を前面に押し出すというよりも,基礎的な事柄 に重点を置いた内容が多かったといえるでしょう.ただ し,基礎と応用,あるいは理学と工学の別と言うのは,そ こに従事する人間が勝手に分類しているだけで本質的なも のではなく,あまり意識するべきではないと筆者は思って います.

 どんな会議でもそうですが,ここでも不満な点はありま した.この会議は今年は一度しかない ICO Bureau 全体が 集まる機会も兼ねていたせいか,招待講演者や座長は,ほ ぼいわゆる年配の重鎮クラスで固めており,質疑応答でも 真っ先に彼らが発言する場面が多かったようです.また, 多すぎる招待講演を削れば,もっと沢山の若手研究者を呼 び込めたのではないか,との意見もありました.その点 で,実際に自分で研究作業をしている若手が主人公になっ ている欧州光学会 (EOS) の Topical Meeting とは趣が 異なっていました.

 会議のスケジュールは野外活動に十分な3時間の長い昼 休みと30分の休憩をはさんで,1時間半のセッションを1 日4つと言うのが基本です.いずれも長めの休憩時間には テラスでもディナーテーブルでもそこら中で議論の輪がで きていました.一方,森の中で野外活動の施設・環境は何 でも揃っていますが,テレビや新聞もフィンランド語しか なく,ハイテク携帯大国とは言え深い森の中でインターネ ット接続もなく,主催者側も気をつかってか,フィンラン ド文化の一端に接することのできるさまざまな催しを,毎夜 準備していました.季節はずれの低温の夜の Sauna Session では,本場の湖畔のサウナに各国の参加者が押し寄 せて,素っ裸のまま水温15℃の湖(図3)に飛び込む光景 が繰り返されました.また,生バンドの伴奏で(なぜかフ ィンランドの国民的な音楽である)タンゴなどを踊る Tango Dancing Session もありました.実行委員長たち は,年配の重鎮夫妻連中をダンスフロアに引きずり出して 踊らせようとのたくらみで,会場にカップルのダンス教師 まで準備していたのですが,いざふたを開けると,踊って いるのはほとんど年配の夫婦だけと言うありさまでした. 一番長くフロアに出ていたのは,途中から上着を脱ぎ捨て ていた E. Wolf だっと言うのが衆目の一致するところ です.筆者は翌朝7時に朝食に向かう途中で,前夜12時 過ぎまで踊っていた,どうみても筆者よりは高齢の,ロシア 人が「今からジョギングに行く」と言って走り出すところ に出会わせ,次の瞬間には,すでにコートでテニスに興じ ている ICO 会長 R. Dandliker ら4人を目撃しました.彼 らには当然,時差ボケはないとは思いますが,同じスケジ ュールの会議が日本であったとして,私たちは一体どうし ているだろうかと,ふと考え込んでしまいました.また, 休憩時間のたびに夫人も交えて固まっている一団を見るに つけ,日本の光学界が世界の舞台で彼らと同じような立場 で同じように行動するには,まだ時間がかかりそうだと思 わざるをえませんでした.


以上
(図1〜3:省略)