光アライアンス 2013年6月号 Vol.24 No.6 pp.57-59

(光アライアンス編集部の許可を得て掲載)

研究室紹介
愛媛大学 大学院 理工学研究科 
電子情報工学専攻 電気電子工学コース 
光工学研究室

愛媛大学 市川 裕之

1.はじめに

 愛媛大学 大学院 理工学研究科 電子情報工学専攻 電気電子工学コースは、昔風に言えば、工学部電気電子工学科と理解していただいて良い。電気エネルギー、電子物性デバイス、通信システムの3分野で20名の教員が、1学年定員で学部80名、大学院博士前期課程27名となる学生の教育を担当している。卒業研究の4年生は全教員に均等に4〜5名づつ配属されているが、大学院生の数と分布は、景気や時代の流行の影響なども受け、年度によってかなり変動しているのが実情である。

 筆者は1995年に赴任し当時の光エレクトロニクス研究室に入り、その後、2004年に光工学研究室として独立して現在に至っているが、その間、ほぼ一貫して“回折光学”をキーワードにして研究活動を行ってきている。元々、1990年前後に在籍していたスコットランドのヘリオット・ワット大学で、光コンピューティングに使用するための(今で言うフーリエ型の)位相格子を様々な手段を用いて実現することを目指す研究に従事していたことが回折光学との出会いである。愛媛大学では最初に担当することになった講義科目が電磁波工学であったことから、回折光学素子の電磁気学的な振る舞いの研究に足を踏み入れることになった。

 関心の基本は“光波の回折現象を利用してその伝搬現象を把握・制御する”ことであり、図1に示すように、素子構造と波長の関係により取り組み方法が異なってくるが、いずれも研究対象としている。

(図1:省略)

2.ベクトル回折光学

 素子の構造が波長程度の寸法を持ち、近似することなく光を電磁波として扱わねばならない問題が対象である。解析手法としては、主としてFDTD法として知られる時間領域差分法、フーリエモード法および C method の3種類を基本として、扱う問題に応じた使い分けや改良・調整を行って対処している。

 研究の種類としては

 (1) 解析方法自体
 (2) 素子の構造
 (3) 考え方

に関するものに分けられる。以下にそれぞれの例を紹介する。

2-1 Grating superposition method (GSM)

 ランダム構造を様々な周期の回折格子の重ねあわせとみなし、各要素格子の回折特性の重ねあわせとしてその散乱特性を計算する手法(図2)であり、FDTD法による計算とその統計処理からなる通常の解析と同様の結果(図3)がはるかに高速に得られる (Opt. Exp., Vol.16, p.8292)。

(図2, 3:省略)

2-2 鏡面共鳴

 球や円柱を2層積層した構造では、鏡面による反射のような現象が生じることが知られている。一方、径が小さな場合には鏡面共鳴は発現しないが、その代わり、導波路モード共鳴格子フィルターとして機能する(図4)、(Opt. Lett., Vol.36, p.843)。

(図4:省略)

2-3 フェムト秒パルス整形

 共鳴領域回折格子の回折特性には強い波長依存性がある。この性質を用いると、回折格子1枚だけでフェムト秒パルスの時間波形整形(図5)をすることが可能である (Opt. Commun., Vol.223, p.247)。

(図5:省略)

3.幾何光学的透明マント

 メタマテリアルもある意味で回折光学の範疇に入ると筆者は考えている。その一番センセーショナルな応用とも言える透明マントについて考えているときに、偏光ビームスプリッターを用いた簡単な光学系で可視域での広帯域透明マントが実現できることに気付いた。その条件は限定的ではあるが見た目のインパクトはすばらしい(図6)。実際、回折光学とは何の関係も無いのだが、デモンストレーション効果が大きく面白いと思い試みたものである。一方これは、ありふれたローテクがハイテクを凌駕出来る例の一つであることを強調したい。

 少なくとも学生の気を引くには十分な効果があるようだ。

(図6:省略)

4.その他に

 割合としては高くないが、サブ波長構造に対して近似的な有効屈折率法を適用した素子設計やスカラー回折、フーリエ光学に関するテーマも進めており、場合によってはベクトル的アプローチも組み合わせて対処している。

5.おわりに

 赴任時の環境から数値計算や解析を主とせざるを得なかったのでその路線で走ってきたが、少々、そちらに偏向し過ぎたと反省している。また、教員1人で総勢10名以下の小さな研究室(写真1)でありながら、“回折”をキーワードとして関連する面白そうな(別の表現をすると、他人があまり手をつけていない)分野にどんどん目移りがして手を伸ばしたあげく、やがて手が回らなくなり出すのも近年の反省事項である。

 いずれも産業や科学にとって不可欠な研究と思って、筆者は取り組んでいるが、その内容はいわゆる要素技術的であるため、電気系の学科の中では中味が具体的な形として見えにくい印象を学生に与えているようだ。しかし、“光の研究がしたい”、“実験よりも解析や設計のようなことがしたい”と言ってやって来た学生は非常に意欲的で、筆者が何も言わなくても、自分で勝手に問題を作って突っ走っている。そんな若い彼らを見ていると、大学教員になって良かったなとつくづく感じる。

 一方、愛媛大学全体を見渡せば、光源開発、光物性や道具としての光の利用者など、何らかの形で光に関わる研究者は少なくないが、いわゆる optics \& photonics と言うキーワードで研究・学会活動をしているのは筆者一人である。そのため、学生ではなく“大人”と光の専門的な議論をする機会は大学内でほとんど無いのが悩みである。一応、筆者は Skype のユーザーなので、遠方からパソコン越しに光の会話をしていただける方がいらっしゃれば、この場を借りて、是非、お願いをしたい。

(写真1:省略)


以上